森の中の任務は嫌いじゃあない。
身を隠せる場所も多く、
敵の追跡を避けるための策も複数選ぶことができる。
オレに言わせれば比較的動きやすいフィールドだが…それでも自然の中だ、何が起こるかわからないという危険や恐怖は、常に隣にある。
日暮頃、山奥の川で水を汲んでいた時の話だ。
エコーの探査域に生命反応を捉えた。
だが人のものではない。
体長は3メートルをゆうに超え、表面はくまなく毛に覆われているそれ…
その目は確とこちらを捉え、口や指には鋭い牙や爪が生え揃っていた。
熊
恐らくはヒグマだろうか。
この山はすでに雪に覆われ、熊ならばおおよそ冬眠しているはずだが───
いや、『穴持たず』と呼ばれる熊がいると聞いたことがある。
穴持たずは、冬眠し損ねた熊のことだ。
例えば体が大きすぎたせいで冬眠用の穴に入ることができなかった熊。
冬の食糧難に耐え切れず、人里に下りて村を襲い人や家畜を食うのだという。
そういった熊は気性が荒いと聞くが…成程、コイツもその類いらしい。
熊はオレの存在に気付いたようだ。そして地鳴りと共に、オレを目掛けて一目散に走ってきた。
人間を恐れる気配が全くないところを見るに、存外若い熊なのかもしれない。オレはすぐさま森に逃げ込み岩陰に隠れた。
そして熊が追ってくる音を聞く。タイミングを合わせて岩を蹴り、熊の後頭部に回し蹴りを加えた。熊は多少よろけたものの、すぐに鋭い目でこちらを捉えてくる。
…オレのブーツには打撃用の鉄板が仕込んであるのだが───この筋肉だらけの熊には、あまり効かないらしい。
熊の右腕の筋肉に緊張が走る音波が耳を掠め、オレは素早く地面を転げて熊の右腕の迎撃から逃れる。そして森の中へ走った。
するとしばらく先に大樹があるのを、エコーが探知した。
助走をつけて木の幹に登ると、少し遅れて熊がこちらへ走ってくる様子が50メートル先あたりに探査できた。
オレは槍の先を下に向けて静かに待つ。熊が幹の真下へ来るまで、あと5秒、4、3、2、1…………
オレは熊の脳天目掛けて、槍を構えて直下した。
血塗れになった顔を川の水で拭いながら、槍が突き刺さったままの熊をどうしようかと思案した。
すでに軍の任務は終わっている。
後は軍営地へ戻るだけなのだが、
戻る時間が遅くなった理由を説明するのが面倒だ。
説明を省くために熊の肉くらい切り取って持ち帰るべきかと迷ったが、人肉を食らっている可能性の高い熊の肉を持ち歩くのは気がすすまず、やめた。
オレは熊の身体から槍を引き抜いて、どう言い訳をしようかを考えながら、
「……面倒くせえ。」
と独りごちて、帰途に着いた。
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