top of page
  • 執筆者の写真cona

black_cat

更新日:2020年12月29日

珍しく小隊の引率役を任された。

一人で動く任務の方が楽だが、仕事じゃあ仕方ねえ。


山中から軍営地に向かう途中のことだ。

下山するオレと小隊の横に、1台の軍用車が止まった。


「ねーえ!アンタだろ!盲目の傭兵ってーのは!」


車から身を乗り出し話し掛けて来たのは、同じ軍に属する軽薄そうな兵士だった。


「うわ、目ぇ真っ白じゃん。本当に盲目なんだなぁ。そんな奴に引率任せて大丈夫かァ?」


軽薄な兵士の言葉に、車の中から奴の仲間の兵士がクスクスと笑っているのが聞こえる。

オレの後ろに控えていた小隊長は奴等に物申そうと動いたが、オレはそれを止めて兵士に話し掛けた。


「お前達も軍営地に帰るところか。」


「そーだよ、この道通るならそうに決まってんだろ?」

「傭兵サン達がチンタラ歩いてましたーって俺たちが先に着いて本部に伝えといてやるぜ。」


そう言って兵士がアクセルを踏もうとした瞬間。


一匹の猫が道を横切った。


「う、うわっ!危ねえ!なんだこの猫…!轢くとこだったじゃねえか!」


幸運にも轢かれずに済んだ猫はこちらの存在に気付くと、近寄ってきてオレの足元にすりついてみせた。


「………おい、この猫の色は。」


隣にいた隊員にオレがそう訊くと、


「えっ…色、ですか?コイツは黒猫ですが…。」


と答えた。

オレがサッと顔を顰めたのを見てか、尋ねられた隊員が少し怯えたような顔をした。


「道を迂回する。この道は通らん。付いて来い。」


オレがそう言い放つと軍用車の中の兵士共は茶化すように口笛を吹いた。


「おいおいちょっと待てよ傭兵サン。まさかアンタ、ここを通らない理由が"黒猫が通ったから"だとか言うんじゃねえだろうな?」


笑いながら生意気な口振りで話しかけてくる兵士の方を、振り返ることなくオレは訥々と話した。


「この先には、敵の軍が潜伏するのに丁度いい岩場がある。敵軍と遭遇する可能性が高い。

それにここいら一帯は3日前に強い雨が降った。この山の地質なら、土砂崩れの危険性もある。

"黒猫が横切った道は気をつけろ"……お前達も、命が惜しければこの道を通るのはやめておけ。」


迂回の理由を洗いざらい伝えてやったが、兵士共は端から聞く耳など持ってはいないようだった。


「気をつけろだぁ?くっだらねえ。第一、メクラの傭兵の言うことなんざ聞いてられるか。この道が一番軍営まで近いんだ。お前らは迂回しようが何だろうが勝手にしろ。俺たちはこのまま進むぜ。敵兵くらい俺たちでひねり潰してやる。」


兵士は大きな舌打ちをすると、軍用車のアクセルを乱暴に踏んでそのまま進んで行った。


「どうします、オールドマンさん。」


小隊長が不安げに聞いて来たが、「奴等は忠告を無視した。これ以上は無駄だ。」とだけ言い置いて、オレは迂回路への道を示した。



 


「……ほ、報告します!軍用車で移動していた兵士4名が本部に向かう途中、土砂崩れに巻き込まれ2名が重体、残り2名は敵兵に見つかり現在交戦中、しかし生存は恐らく、絶望的かと……。」


本部の軍営地に戻ると、先程すれ違った4人の話題で持ちきりだった。

基地内は騒然とし、救護部隊と援軍と通信班の人間が慌ただしく動いてごった返していた。


「…あ、あのまま進んでいたら…今頃俺達が…アイツらと同じ目に……。」


青ざめた顔をしている小隊長に、オレは振り返って言った。



「だから言っただろう、"黒猫が横切った道は気をつけろ"───ってな。」



猫など、現状を冷静に考えるための切っ掛けにすぎない。だが切っ掛けを生かすも殺すも結局は自分次第でしかない。


4人はその後、変わり果てた姿で発見された。

閲覧数:34回0件のコメント

関連記事

すべて表示

raven.loud.speaker

隣国に向かう旅の途中、ある森の中を抜けていた時のことだ。 どうやら霧が深い日のようだった。 盲目のオレには視界がどうなろうと関係ないのだが…………ただ何か嫌な予感が、巻きついて離れない。 こんな森早く抜けてしまおうと足を早める。だが早めてすぐに、森のどこからか甲高いカラスの鳴き声が聞こえた。 一羽聞こえたかと思えば、二羽、三羽と鳴き声は増えていく。 オレの横をすり抜け、カラスは唸るような声を上げて

doppelganger

近頃 寝苦しい。 何者かに頭の中を見られているような感覚がする。 この村に逗留してから数日、そんな薄気味悪い気配を感じていた。 眠っている間は特にその気配を感じる。夜中に飛び起きるのだが、部屋の周囲に人がいる気配はない。 辺りをいくらエコー探査しても、館内放送用の壊れたスピーカーが砂嵐のような小さい雑音を流しているだけだ。 スイッチが見当たらないところから、放送は切れもしないのだろう。 「………ひ

tree_well

オレは目が見えない。 代わりに耳は優れている方だ。 そのおかげで命拾いをすることもある。 諜報活動の一環として、敵国との国境に向かうため雪山を縦走していた時のことだ。 4000メートル級の雪山だった。 アイゼンを装着し山を登っていたが、あとは山の麓まで下りのみになったため、オレはブーツからアイゼンを外し、背負っていたスノーボードに履き替えた。 午後になり次第に強まってきた風や柔らかく積もった雪に、

bottom of page