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  • 執筆者の写真cona

𝐇𝐀𝐏𝐏𝐘 𝐁𝐈𝐑𝐓𝐇𝐃𝐀𝐘 Fabriano Watermark!

更新日:2020年12月26日



12/24クリスマスイブの今日は、ファブリアーノ・ウォーターマークの誕生日です㊗️



ふぁちゃん、ふゎちゃん、ふぁーーーちゃん…など、わりとかわいい名前で呼ばれがちなふぁちゃんですが、バーレットお兄様の親戚にあたるヴィランサイドのキャラクターです。


ひねくれ者で見栄っ張り。その実かなりのさみしがり屋でもあります。

そんなふぁちゃんの誕生にまつわるお話でも、少し書いてみようと思います。


 

これはまだどこにも話したことがないですが、ふぁちゃんが生まれたのは、数年前の冬の日の電車の中です。


確か横浜から東京へ向かう電車の中だったか…どうだったかな。まあそれはよしとして、その日は少しイレギュラーなことがあった日でした。

このcona、友人と横浜駅で大喧嘩してしまい機嫌が最悪の日だったのですね。

別れ際に喧嘩したため、それはもう大憤怒のうちに帰りの電車に乗り込んでいたのですが、どうにも怒りがおさまらない。ただ逆にここまで大きくておさまらないような感情になると、創作に生かせるかもしれないとも思いました。


当時、甍さん、ワトソン、グライフ、リタは恐らくこの頃すでに創作キャラクターとして生まれており、彼らとその仲間が国境なき青年団の中で3番隊として活動するという筋書きまではできてたと思います。その3番隊、もとい甍に対して敵対する存在が必要だなとは漠然と思っていました。

天才肌の甍の才能や栄誉を妬み、怒りや憎悪といったマイナス側の大きな感情を持つ人間や甍の正義を悪だと思っている人間も必ずいるはず。


そんな考えから、電車の中でスケッチブックに描き込んだのが、ファブリアーノ・ウォーターマークでした。


彼は原型の頃から、蛇を思わせるような気味の悪い笑みを浮かべる人でした。見た目には飄々として見える子で、しかし一度追い詰められるとパニック症状に陥るような不安定さがありました。

妬む感情が強く、自己肯定が低く、承認欲求は過剰。それでいて自分より弱い人間は軒並み見捨てるような冷酷さを持ち、人を虐げることに躊躇がない残虐性を持っています。


この辺りは今もそんなに変わってない彼の本質の一部かなと思ってますが、作った当時は彼を「怒り・憎悪の記号」のような存在だと感じていました。つまり「怒り」を表現する絵文字なんかと同じで、それ以外が空っぽで何もない。


その印象を受けたことの名残りが、彼の名前の中にあります。弊創作の基本的な法則・方針として、創作キャラクターに名前をつけるときは


"紙の名前+その人の性質を示す言葉"


の組み合わせでつけてることが多いです。

紙の名前って???って思うかもですが、例えばワトソン・イェーツェルなどは有名な水彩紙である"ワトソン紙"にあやかってその名前がついてます。

イェーツェルはユダヤ教の言葉で"衝動"という意味があり、善と悪の衝動の両方が同時に存在するワトソンの心の状態・性質を表しています。

(また本編世界線の設定上、ワトソンがユダヤの混血児であることも示唆しています)


ファブリアーノの場合、紙の名前にあたる部分はもちろんファーストネームの"ファブリアーノ"です。

(正しくはイタリアの製紙会社の名前ですが、ファブリアーノ・クラシコなど製紙会社の名前がついた紙も少なくない)

しかし彼の性質を表しているはずのファミリーネームはというと、"ウォーターマーク"。

紙の世界で言えばウォーターマークとは、製紙会社が自社製品の紙の端に入れる自社ロゴのエンボスだったり透かしのことです。

…つまり彼の名前、両方とも紙関連の話題になってるんですね。

彼の本質にあたるものはない、空っぽな人間だと思っていた名残がそこにあります。

それでも彼の名前はファブリアーノ・ウォーターマーク以外あり得なかったと思うので、未だに名前はそのままです。


創作キャラクターに紙の名前をつけるのは、彼らを最初に生み出した時にこのconaが画材店で働いていて紙を扱っていたことも理由のひとつですが。

それは絵画作品を作るための基底材になる"紙"へのリスペクトでもあり、"まっさらな白紙の上に彼らの人生が描かれていく"というイメージに依るところでもあります。

また、創作のキャラクターを1人の人間として捉えたい気持ちが常にあるので「まっさらな場所から始まっていくのは創作のキャラクターも、生まれたばかりの人間も同じだ」と言いたかったのかも、と思います。


(ただ普通に商標や権利関係に引っかかる名前だと思うので、そのうち名前が変わることがあったらその時は察してください)


いつかファブリアーノに、ウォーターマークという名前をつけたことにも納得できる理由が、作品を作るうちに出てくるかもしれない...と、今から少し楽しみにしています。


閑話休題。


まあ今考えても、彼が空っぽだと思っていたのは生まれた原動力が怒りだっただけに当然だったかなとも思っています。

それに、彼には私自身が自分に対して「嫌い」と思う部分をほとんど全部詰め込んだ少々稀有なキャラクターでもありました。

彼を生み出した時に抱えていた、喧嘩なんかしてしまう自分の幼稚さを嫌う気持ちだとか、人間的にどうかと思っている自分の中の要素だとか、そんなものが彼の中には他にも沢山織り込まれています。


作った時点では彼をキャラクターとして動かすには様々な障壁があり、また色々なものが足りていないなと感じて、生んだ以後かなり長い間放置してました。

ただそのしばらくの後、彼をキャラクターとして動かせるようになったのも、友人や周囲の人の影響のおかげです。


彼のひねくれた性格に愛着や興味を持ってくれる人がいたことで、ファブリアーノの歪んだ人間性や生涯について改めて思考を深める機会ができたり、それがバーレットの存在を生むことに繋がったり、本当は寂しがり屋な性格であることも分かったりしました。


何より彼への理解を深めることができたことで、本来の彼らしい行動パターンや言動を幾らか予測できるようになり、その結果、彼が本当に生きているかのように動いてくれるようになりました。


多分、彼はこのconaだけの力では動かすことができなかったんですね。

そもそも数年前に横浜駅で喧嘩した友人(この友人とはすでに仲直りしているので安心してください…!)がいなければ、まず生まれることすらもなかったですし。

人と関われば恨むことも、喧嘩することも、仲違いをして悲しむことも沢山ありましたが、それでも巡り巡って色んな人に助けられているんだなという気持ちです。


一番人を遠ざけそうな性格や人格のキャラクターが、これだけ人に助けられて生まれて動けるようになっているというのも、なんだか意味があるのかもしれないと少しだけ思えています。


 

すっかり長くなってしまいましたが、そんなこんなでふぁちゃんは今日に至ります。


しかし誕生日が決定したのはつい最近のことなので、実は今日が第一回目の誕生日ですね。

バーレット兄様に誕生日プレゼントを貰えたら、きっとこんな顔をするんじゃないかな…と思いながら、誕生日イラストを描きました。


改めましてお誕生日おめでとう、ふぁちゃん。


ξ ζ ∩・᷅ὢ・᷄ )∩🎂✨



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